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2013年6月28日 (金)

感動とは「心」が動くこと

おかえりなさい(^^)♪ みちよです。



もうすぐ7月ですが、なんとなく新年を迎えるような


ゆく年・来る年”的な節目を感じています。


(わたしだけかもですが)


鉄板開け作業”は続行中ですが、

ここから愛の意識に目を向けていくことも必要です。


陰の世界 と 光の世界


この両方をなくしては、道が開けません。

光だけ見ればいい、ってことじゃないんです。

なので、今は陰の部分がクローズアップされていますが、

ここを抜けたら後が楽だから、なんですよ。


・・・なので、ここのところブログでも

大事な宇宙キャンペーン期間だったのもあって

ずーっと“”の部分にフォーカスしてきましたが、

も大事なので(^^;)

その辺、バランスとっていこうかなと思います。

7月以降、ちょっと内容にも変化があるかも、です。

もっと「みちよ節」が出るかも~(^^)”>

まあ、変わらず、気ままに今浮かんでいることを書いていくことには変わりがないですが、

これからも、応援よろしくお願いいたします。m(_ _)m



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人生って、複合的 なんです。

ずーっとまっすぐ進むことはありません。

曲がり道も、遠回りも、迷路や行き止まりに当たったりすることだってあります。




失敗がないように、間違いが無いように


と、親や社会の期待を背負ってきている人たち。


なにか、すっころぶようなことが起きると

あ~失敗した。もうダメだ

と、自暴自棄になってしまいます。


失敗や間違いが「悪いこと」だと思っているからです。


それは、失敗したり間違ったりすると、


親を失望させてしまうかもしれないから。

できる人」だけが、成功者で、


それ以外は、落伍者だと思っています。(こういう言葉、好きじゃないですけど)


だから、そうならないように、極力リスクがないように生きるのです。


するとどうでしょう。


自分という人間のチャレンジ、ゴールが見えなくなります。


だって、「失望させないように生きる」が目的になってしまっているから。


そうすると、本当に好きなことややりたいことが全く見えなくなってしまいます。


それが仕事だけでなく、恋愛や結婚にもそういう意識で臨んでいるのです。



恋愛はしたいけど傷つきたくないんです

(⇒お互い他人同士、付き合っていればぶつかり合いだってあります。相手との関わりの中で自分を知りながら磨かれていくのが恋愛です)

結婚相手はどこにいったら見つかりますか?」

(⇒相手と愛し愛されを経験した後に結婚があります。なので就職活動のように探すものではありません)




恋愛って、ハートでするもの です。

それが「失敗のないように」と思考に偏って、ハートの分野である恋愛・結婚を

頭 で捉えて、そこから出られなくなるのです。



複合的な視野ではなく、


「失敗しないための」単一的な視野に陥ります。



人生って、いろんなことが起きるんです。

いろんなことを経験しにきているのが、わたしたち人間です。


でも、そうやって生きていると、


本当に途中で転んだ時、


すべてを放棄したくなってくることもあるでしょう。


失敗ばかりの自分は、ダメな人間


と自分自身で落伍者にしてしまいます。


真っ直ぐに進めない自分を責めるのです。


最初に、「人生は複合的」と書きました。


人生において、あらゆる可能性と、あらゆるチャンスはどの人にも示されます。


でも、それを受け取れるか、受け取れないかは


複合的視野で見ているかどうか、で別れます。


1つのことがダメになっても、それがあったからこそ理解できたことがあるはずです。


その道を通ることがなければ、決して自分の身を通じて感じることはなかった、という経験です。


それは「感動」なのです。


感動 というと、


ワぁ~素敵~♡」


と涙が出そうな感覚のことを思うかもしれませんが


たとえ、苦しく、悲しく、悔しい、怒りに満ちた出来事でも、実は感動なのです。


感動 とは、心が動く ということ。


わたしたちが、この地球に来ている理由が、コレなんです。

自分を通じて、どう感動するか、より感動するためにはどうするか。


それがどの人にも与えられたミッションです。


ですが、先ほどの「失敗しない」コースは、感動を排除した生き方なので

自分 という人間を体験することができません。

感動のない人生です。

そうすると、もれなく人は「生きる理由」を見失います。


「いや違う。「失敗」することで、生きる理由を見失うんだから、それを避けるべきだ。ハッピーな経験だけが感動をもたらすのだ」


と思っているかもしれません。


失敗は不幸なのだ、と。


でも、それは違います。


感動は、一見「転び」と思われるものの中にも溢れています。

逆境だからこそ、失ったものがあったからこそ、

別の新しい道にたどり着けています。

それは、その経験で感動を十分味わって、次に進めたからに他なりません。

振り返ってみて下さい。

どんな人にも、そういった経験があるはずです。

(このあいだ、クライアントさんから「聴力を失った作曲家」さんの話しを教えて頂きました。

聴力がなくなったからこそ、音への執念、愛がパワーアップしたんですね。

これはまさにこういうことです)



実は、わたしたちの親が“感動”をよく知らないのです。

ネガティブな体験を感動にできず、「不幸」だと思っている人が多いのです。

なので、「あなたは上手に生きてね。わたしができなかったから」と

子供に思いを託します。


だから、子供の世代はそれを全うするために、失敗を恐れるのです。

上手に生きること(失敗しないこと)が、あるべき正しい道だと感じるからです。

そうやって失敗を恐れながら、感動(心が動く経験)のない人生を送ることで、

どんどん感情や感覚が動かなくなっていくのです。

「心」が動かなくなっていくのです。



。。。わたしたちは、意識の中で、瞬間瞬間、たくさんの選択をしています。


なにげなく選択したことの中にさえ、


その先の「転び」もすでに想定済みにされていることだってあるんです。


でもその転びの後には、「ここから学べるよー、さてどうする?」


という選択肢もすでに用意されていて(笑)


それを選択するかしないか、の自由も与えられています。





だから、一見すると“失敗”のように見える出来事の中でも、


よーーーーーーく見てみると、感動の種が隠されているんです。




そういった経験を「たんなる失敗」と思えば、それまで。

でも、それを「ひとつの経験」と捉えて味わえば、それが感動になり、

そこから、もっと自由な喜ばしい意思をもって

さらなる感動を味わえる道に導かれていきます。

転ばないように恐る恐る生きるのではなく

長いこと生きれば、転ぶこともあるかもしれないけど、

転んだら、その意味をそこに見出して学べばいいだけです。


。。。方程式のような

○ + △ = 自分が人生で欲しいと思っているもの、幸せ


というような形では、答えはでません。

「○ と △ に何を入れたら、自分の人生がよくなる?」

というような単一的なことは起きないのです。

数学の問題を解くように、人生の回答は導き出せません。

クライアントさんでも、このような質問をいただくことがありますが

スピリチュアルを方程式で使うことは不可能です。



答えは、人生に感動をもたらすことで起ります。

感動して、感動して、感動 するための人生なのですから。

だからこそ今、に向き合って欲しいんです。

鉄板の中に、その感動ができなくなっている原因が隠されているからです。

感覚を麻痺させてしまっているのです。

ハッピーなことも感動。イタイことも感動。

本当の“感動”とは、あらゆる感情で心が動くことです


どうぞ思いっきり 感動 してください(^^)

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エンジェリック・ヒーラー/スピリチュアル・コンサルタント みちよ OfficialI Website

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コメント

うおおお!
今日の記事はタイムリーかつかなり納得です。
私もまさしく間違いや失敗を避けるどころか、
徹底的に排除するような形で育てられました。
なので、生きてる意味がわからない…(;_;)と嘆き、感動することさえ、自分に禁じていたところがあります。

でも実際生きてみると、
間違ったり、失敗することの連続です。
↑これを避けていては、何も学べない。
仕事なんかでは、もう、失敗を繰り返して
どうにかできるようになっていくわけで
失敗を怖がっていたら、スキルなんてまずあがりません。

で、さらにいえば、失敗が悪いのではなく、
それをどうフォローしていくか?が重要で
↑の経験があればあるほど
状況対応能力ってのは上がっていきます。

短いスパンで見れば、失敗がない方が評価はあがるかもしれないですが、それだと過去に蓄積した知識やスキルでしか、勝負できない。
生まれ持った才能や能力を発揮することができません。

私はずっと「やりたいことがわからない」人で
ここのところはずっと鬱々とし、
生きるエネルギーがまったくない状態でした。

でもそれは、当たり前なんですね。

失敗を怖がって体験を避けていては
生きるエネルギーなんてわいてくるわけないんです。

今、求職中でいくつかの派遣会社に登録しているんですが、かつて培ったスキルがそのまま活用できる仕事があって驚きました。
その仕事は誰にでも出来るお仕事で、特別な資格はないし、特別なお手当もない仕事です。
だから、自分にはなんのスキルもないなと思っていたんですが、実は活かせる場って探せばいくらでもあったんです。

感動を恐れず、そのときそのときで精一杯体験していけば、それは必ずその人の財産になり、
ちゃんと活かす場があり、ひいてはビジネスにもなる可能性があるんです。

だから、天を信頼して、今起こることを
大事に体験していきます。
皆様も今何を体験していようと
安心して感動してください。それは必ずあなたの財産になりますから。

みちよさんとの出会いも素敵な財産です。
ありがとうございます^^
しっかり稼いで、またどこかでお目にかかれる日を楽しみにしております。

愛と感謝を込めて

投稿: 愛彩 | 2013年6月29日 (土) 06時20分

みちよさん、はじめまして!とはいっても随分以前からこちらをのぞかせて頂いていました。みちよさんの文章は本当に解りやすくていつも「ウ~ン!」と唸らされています。
私自身、今年に入って特に今はジェットコースターに乗っているような毎日を送っています。そんな中、とても気になっているというか疑問に感じている事があります。
私の周りの何人かの人は重い鉄板を開けようともしない、開きそうになると自ら閉めてしまう様に見える人がいます。
こういう方達は、こんな変革の年にいても何も起こらずに過ぎ去って行ってしまうんでしょうか?それともその人達なりに、何か変わる事が起こるのでしょうか?

私なりに思う所があり、ずっと気になっています。
大きなお世話なのかもしれませんが、もし、その方達が鉄板を開ける事ができたら、もっと幸せになれそうなのにと、おせっかいな気持ちを持って見てしまうのです。

こんな事、考えない方が良いですか?

こんな質問、ごめんなさい。

投稿: 恵 | 2013年6月30日 (日) 05時31分

恵さん

コメントありがとうございます。

他の人と不公平になるので、個人のご質問はコメントで基本お受けできませんが、

一応書かせていただきます。

わたしたちは他人を変えることはできません。

でも、恵さんは何故気になってしまうのでしょう。

気になってしまう恵さんの意識の中にあるものが

今こうしてその方に意識を向けています。

その方たちの鉄板が気になるのは、恵さんの鉄板が開けてもらいたがっている

ということなんです。

人が気になるのは、自分の中に同じエッセンスがあるからなんです。

そのことを踏まえながら、その方たちを見ると
きっと内側に答えが見つかると思います。

コメントありがとうございました。

投稿: みちよ | 2013年7月 8日 (月) 00時34分

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